ラファエッロ・サンツィオの作品紹介 イタリアの画家

Raffaello
ラファエッロ・サンツィオ 1483〜1520年
◆ラファエッロ・サンツィオ(Raffaello Sanzio)は、イタリア・ルネサンス期の三大巨匠の一人で、画家、建築家として天賦の才能を評価された芸術家である。ラファエッロの作品は、春のぬくもりのように優しく穏やかで幸福感に満ち、調和のとれた甘美な世界が広がっている。温厚で社交的な人柄は、王侯貴族に愛され、弟子たちにも師匠として慕われていたといわれている。
◆ラファエッロはフィレンツェで人気画家になったのち、1508年ローマ教皇ユリウス2世に招かれ、25歳の若さでヴァティカン宮殿の[署名の間]の装飾作業という国家的事業を任され、37歳で亡くなるまで12年間宮廷画家として名声を確固たるものにした。ラファエッロは37歳という若さで死去したとは思えないほど数多くの作品を制作しているが、その最盛期の作品で最大のコレクションはヴァティカン美術館の「ラファエッロの間(部屋)」に残されている。
◆ラファエッロを寵愛していたローマ教皇は、あたかも我が子を失ったかのように嘆き悲しみ、ラファエッロの遺体を古代ローマの神々を祭った神殿「パンテオン(Roma)」に埋葬させた。そしてラファエッロは、いまもローマの「パンテオン」に眠っている。

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 ラファエッロ・サンツィオの「ラファエッロの間」

  • ラファエッロの作品
  • ラファエッロの部屋(Stanze di Raffaello) 1508~1514年
    ヴァティカン美術館(Musei Vaticani)
  • ◆ヴァティカン美術館にある「ラファエッロの間(部屋)」は、第1室「コンスタンティヌスの間」、第2室「ヘリオドロスの間」、第3室「署名の間」、第4室「火災の間」の4つの部屋の総称である。これら4つの部屋のうち「署名の間」と「ヘリオドロスの間」は、ラファエッロがすべて自筆で完成させたルネッサンス芸術の主要作品で、ラファエッロの天賦の才能と教養が発揮されている。
  • ◆「コンスタンティヌスの間」と「火災の間」は、ラファエッロの死後、ラファエッロの弟子たちによって描かれ完成された部屋である。
  • ◆「署名の間」は、ローマ教皇ユリウス2世の命を受け、ラファエッロが二十代なかばという若さで最初に手がけた部屋で、理性の真理(哲学)を表した「アテネの学堂」、啓示による真理(神学)を表した「聖体の論議」、善(法学)を表した「枢要徳と対神徳」、美(詩学)を表した「パルナッソス」の4作品がある。また天井画もラファエッロの構想によるもので、聖書の逸話、学問の女神などが描かれている。
  • ◆「ヘリオドロスの間」は、署名の間のできばえに満足したユリウス2世が、ラファエッロに装飾を命じた部屋で、「ボルセナのミサ」、「聖ペテロの開放」など、神が起こした奇跡をテーマに描いた作品がある。

 ラファエッロの「アテネの学堂]

  • ラファエッロの作品
ラファエッロの作品
アテネの学堂(Scuola di Atene) 1509~1510年
ヴァティカン美術館・署名の間
◆「アテネの学堂」は、ソクラテスやプラトン、アリストテレスなど古代の科学者や人文学者が一堂に会する学問の理想郷を描いた作品。古代ギリシャの哲学者に当時のルネサンスを代表する画家や建築家の肖像画を重ね合わせ描いている。
◆作品の中央左、天を指すプラトンは“レオナルド・ダ・ヴィンチ”、階段下に一人離れて肘をついて座るヘラクレイトスは“ミケランジェロ”、その右側に群衆の中でコンパスを持つユークリッドを“プラマンテ”、そして一番右側の人影からひとりこちらを見る男性(白丸の部分)には、ラファエッロ自身を登場させている。
◆フレスコ画で描かれた「アテネの学堂」は、半円形の壁面に遠近法を駆使し、だまし絵のようにアーチが続く神殿のような空間には、60人近くの賢人が描き込まれている。天井のタイルもアーチ状に構成し、天井の一点(頂点)に正確に収束する「中央一点消失法」の技法が使われている。
◆「アテネの学堂」は幅が約7.7mもある巨大なものだが、ラファエッロは破綻なくこの大壁画をまとめあげる構成力も群を抜いていたうえに、描くスピードも超人的で、この大壁画をほとんど描き直しなく、わずか1年で仕上げたといわれている。

 ラファエッロの「聖体の論議」

  • ラファエッロの作品
  • 聖体の論議(Disputa del Santissimo Sacramento) 1508~1509年
    ヴァティカン美術館・署名の間
  • ◆「聖体の論議」は、アテネの学童と同じ署名の間にあり、4面の壁の1面に描かれている作品。半円形の壁面の上半分に神、キリスト、精霊の三位一体を描き、半円形の壁面の下半分に聖餅(ホスティア)と地上の人々が描かれている。
  • ◆「聖体の論議」の右側には、依頼主の教皇ユリウス2世の伯父シクストゥス4世、左側にはフラ・アンジェリコやプラマンテをモデルにした人々が描かれている。

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 ラファエッロの「ボルセナのミサ」

  • ラファエッロの作品
  • ボルセナのミサ(Messa di Bolsena) 1511年~1514年
    ヴァティカン美術館・ヘリオドロスの間
  • ◆ヘリオドロスの間にある「ボルセナのミサ」は、聖変化の教義に疑念を抱いていたボヘミアの司祭が、1263年にイタリア中部の町ボルセナでミサを行っている最中、手にした聖餅(パン)から血が流れだし、その教義への疑念をはらしたという逸話をラファエッロが描いた作品。
    ※キリスト教の教義では聖餅(パン)とワインは聖体であり、聖変化によってそれぞれがキリストの肉と血になるといわれている。
  • ◆「ボルセナのミサ」は、教義への疑念というキリスト教の危機を、神が起こした奇跡によって疑念から打ち勝った、という教皇庁にふさわしい内容になっている。
  • ◆ラファエッロはこの「ボルセナのミサ」でも同時代の人々を壁面画の右半分に描いている。司祭の前で祈るのはユリウス2世、その背後には教皇に従う聖職者やヴァティカンを守るスイスの衛兵がいる。さらにその中に、一人こちらを見る男性はラファエッロ自身であるといわれている。

 ラファエッロの「聖ペテロの開放」

  • ラファエロの作品
  • 聖ペテロの開放(Liberazione di S.Pietro) 1511年~1514年
    ヴァティカン美術館・ヘリオドロスの間
  • ◆「聖ペテロの開放」は、キリストに従った第一の使徒である聖ペトロが、キリスト教を迫害するユダヤのヘロデ王に投獄され、処刑前夜に獄中のペトロの前に天使が現れ救い出されたという物語。
  • ◆ラファエッロはこの物語を、壁画の中央に獄中のペトロと突然に目の前に現れた天使を描き、右側には天使に導かれて脱出するペテロ、左側には脱出されたことに慌てふためく衛兵たち、という3つの場面に分割して描いた。
  • ◆ラファエッロの「聖ペテロの開放」は、時間と空間の異なる3つの場面を分割して描き、闇の中の月明かり・たいまつ・輝く天使という光源で、ドラマティックに浮かびあがらせるという卓越した技法で、バロック表現の先駆けとなったといわれている。

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 ラファエッロの「大公の聖母」

ラファエッロの作品
大公の聖母(Madonna del granduca) 1505年
パラティーナ美術館・フィレンツェ
◆8歳のときに母を亡くしたラファエッロは、生涯に数多くの聖母子像を描き、聖母子の画家といわれている。「大公の聖母」は代表的な作品の一つ。
◆「大公の聖母」は、ラファエッロがフィレンツェを拠点としていた時期に描かれた作品で、完全な均衡を保ちながらも生命感と優しさに満ちた聖母子像は、幾世紀にもわたり完璧な絵の典型とされていたといわれている。
◆「大公の聖母」は、聖母子が漆黒の間に溶け込むように描かれている。ラファエロは人物と背景の境が曖昧になるように、丹念にぼかして描き(スフマート技法)、はっきりした輪郭を描かないことで、二人の肌に柔らかさとぬくもりを与えたといわれている。
◆暗い背景は聖母子の表現にふさわしく見えるが、近年行われたX線による調査で、制作された当初は背景に建物などが描かれいたが、後世に塗りつぶされたことが明らかになったそうだ。

 ラファエッロの「聖母子素描」

ラファエッロの作品
聖母子素描 1505-1506年
ウフィッツィ美術館版画素描室・フィレンツェ

◆「聖母子素描」は、ラファエッロが「大公の聖母」の準備のためにフィレンツェで描いた。ペルージャ時代のラファエッロの師匠ペルジーノの洗練優美な聖母の影響とフィレンツェで影響を受けたレオナルド・ダ・ヴィンチのスフマート技法を採用しているといわれている。
◆見比べると20代前半のラファエッロが、芸術の都フィレンツェに赴き、レオナルド・ダ・ヴィンチの画風を学ぶべく、ダ・ヴィンチの下絵を熱心に見つめていたというエピソードが納得できる。

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 ラファエッロの「父なる神、聖母マリア」、「天使」

  • ラファエッロの作品
  • 父なる神、聖母マリア(左) 1500-1501年 カンポディモンテ美術館・ナポリ
    天使(右) 1501年 トジオマルティネンゴ絵画館・ブレーシャ
  • ◆この2つの作品は、17歳のラファエッロが当時の師匠とともに描いた祭壇画「トレンティーノの聖ニコラウスの戴冠」の一部で、ラファエッロが描いた部分。この祭壇画がそれぞれ断片の絵として、幾多の変遷を経て、のちにラファエッロが描いた部分だということが判明し、2つの美術館に収蔵された。

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 ラファエッロの「聖家族と仔羊」

ラファエッロの作品
聖家族と仔羊 1507年 プラド美術館・マドリード
◆「聖家族と仔羊」は、ラファエッロが1504〜1508年にかけてフィレンツェを活動の拠点としていたとき、レオナルド・ダ・ヴィンチの「聖母子」の影響を大きく受けて描いた作品。背後の風景もダ・ヴィンチが確立した遠近法で描かれている。
◆「聖家族と仔羊」に描かれているのは、聖母マリアと夫のヨセフ、そして仔羊を抱きかかえようとする幼子イエス。イエスがまたがっている仔羊は、宗教儀式の生贄として使われた動物で、将来イエスが人々のために犠牲となることを象徴しているといわれている。

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 ラファエッロの「無口な女(ラ・ムータ)」

ラファエッロの作品
無口な女(ラ・ムータ) 1505-1507年
マルケ州国立美術館・ウルビーノ
◆「無口な女(ラ・ムータ)」もレオナルド・ダ・ヴィンチの影響を大きく受けている作品。かつてのラファエッロの作品には見られなかった顔貌表現や空間表現がされているといわれている。
◆ラファエッロの「無口な女」は、ダ・ヴィンチの「モナ・リザ」のように軽く斜めの姿勢をとり、右手を上に重ねた両手は、控えめな立ち振る舞いの高潔で貞淑な女性を表現している。また光に照らし出された明るい顔は、背景の陰影などの暗い部分によって、さらに奥行きが強調されている。

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 ラファエッロの「エゼキエルの幻視」

ラファエッロの作品
エゼキエルの幻視 1510年 パラティーナ美術館・フィレンツェ
◆ラファエッロの「エゼキエルの幻視」は、旧約聖書の預言者エゼキエルが見た幻視を描いた作品。両手を広げたユダヤの神エホバの周囲に、翼をもった人間、ライオン、牡牛、鷲が出現する。これらは、のちのイエスの使徒達の姿を象徴したもの。
◆ラファエッロの「エゼキエルの幻視」は、ミケランジェロが描く男性裸体像の動き、表現、姿勢のバリエーションなどの影響を受けているといわれている。

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 ラファエッロの「ベルナルド・ドヴィーツィ枢機卿の肖像」

ラファエッロの作品
ベルナルド・ドヴィーツィ枢機卿の肖像 1516-1517年 パラティーナ美術館・フィレンツェ
◆「ベルナルド・ドヴィーツィ(ビッビエーナ)枢機卿の肖像」は、ラファエッロのパトロンのひとりだった枢機卿ビッビエーナを描いた作品。
◆ビッビエーナ枢機卿は、自分の姪をラファエッロに嫁がせようとするほど、ラファエッロを可愛がっていた。しかしラファエッロは婚約はしたものの、式を引き伸ばしているうちに、枢機卿の姪は病で亡くなってしまった。ラファエッロは他の女性との恋愛伝説があったが、枢機卿から受けた恩義からか、生涯独身を通し37歳で夭折してしまった。

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