ラファエッロ・サンツィオ Raffaello Sanzio(Raffaello Sant)

Raffaello
天賦の才と教養の画家 ラファエッロ・サンツィオ
◆ラファエッロ・サンツィオ(1483〜1520年)は、盛期ルネサンスを代表するイタリアの画家・建築家で、一般的にはラファエロと呼ばれている。ラファエッロの作品はその明確さと分かりやすい構成とともに、雄大な人間性を謳う新プラトン主義を美術作品に昇華したとして高く評価されており、レオナルド・ダ・ヴィンチやミケランジェロとともに、盛期ルネサンスの三大巨匠といわれている。
◆ローマでのラファエッロは、大規模な工房を経営しており、37歳という若さで死去したとは考えられないほどに多数の作品を制作した。多くの作品がヴァティカン美術館に残されており、特に「ラファエッロの間」と総称される部屋のフレスコ画は、ラファエッロの最盛期作品における最大のコレクション。最も有名な作品の一つの『アテネの学堂』も、ラファエッロの間の「署名の間」と呼ばれる部屋にある。
◆ラファエッロは、ローマ教皇から依頼されたヴァティカン宮殿の「署名の間」の成功で、亡くなるまでの12年間宮廷画家として名声を確固たるものにし、王侯貴族のように華やかな暮らしぶりだったそうだ。そして、ラファエッロが亡くなった時、ラファエッロを寵愛していた教皇は、あたかも我が子を失ったのように嘆き悲しんだと言われている。ラファエッロの亡骸は、古代ローマの神々を祭った神殿パンテオン(Roma)に埋葬されている。

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 ラファエッロの作品・ヴァティカン美術館・ローマ

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ラファエッロの作品
『署名の間』
署名の間(Stanza di Segnatura)は、ラファエッロが二十代半ばという若さで、ヴァティカン宮殿の装飾という国家的事業を任され、最初に着手した部屋で、彼の天賦の才能と教養が発揮されている。
この第3室の『署名の間』と第2室の『ヘリオドロスの間』は、ラファエッロがすべて自筆で完成させた、ルネッサンス芸術の主要作品。また第1室『コンスタンティヌスの間』と第4室の『火災の間』は、ラファエッロの死後、ジュリオ・ロマーノら弟子たちによって完成された。
◆「署名の間」には、理性の真理を表した『アテネの学堂』、神の真理を表した『聖体の論議』、善を表した『枢要徳と対神徳』、美を表した『パルナッソス』の4作品がある。

 ラファエッロの作品・ヴァティカン美術館・ローマ

  • Scuola di Atene
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ラファエッロの作品
『アテネの学堂』(1509~1510年)
署名の間にあるアテネの学堂(Scuola di Atene)は、ソクラテスやプラトン、アリストテレスなど古代の科学者や人文学者が一堂に会する学問の理想郷を描いた作品。古代ギリシャの哲学者に当時のルネサンスを代表する画家や建築家の肖像画を重ね合わせ描いている。
◆作品の中央左、天を指すプラトンは“レオナルド・ダ・ヴィンチ”、階段下に一人離れて肘をついて座るヘラクレイトスは“ミケランジェロ”、その右側に群衆の中でコンパスを持つユークリッドを“プラマンテ”、そして一番右側の人影からひとりこちらを見る男性(白丸の部分)には、ラファエッロ自身を登場させている。
◆フレスコ画で描かれた『アテネの学堂』は、半円形の画面に、だまし絵のようにアーチが続く神殿のような空間が描き込まれている。天井のタイルもアーチになった天井の一点に正確に収束する「中央一点消失法」の頂点といえる。壁画は幅が約7.7mもある巨大なものだが、ラファエッロは破綻なくこの大画面をまとめあげる構成力も群を抜いている上、描くスピードも超人的で、この壁画をほとんど描き直しなく、わずか1年で仕上げたといわれている。

 ラファエッロの作品・ヴァティカン美術館・ローマ

  • ラファエッロの作品
  • 『聖体の論議』(1509年)
  • ◆署名の間にある聖体の論議(Disputa del Santissimo Sacramento)は、26歳のラファエッロが、ヴァティカン宮殿で最初に完成させた作品。上半分に神、キリスト、精霊の三位一体を描き、下半分に聖餅(ホスティア)と地上の人々が描かれている。画面右には、依頼主の教皇ユリウス2世の伯父、シクストゥス4世が、左にはフラ・アンジェリコやプラマンテをモデルにした人々が描かれている。

 ラファエッロの作品・ヴァティカン美術館・ローマ

  • ラファエッロの作品
  • 『ボルセーナのミサ』(1512年)
  • ◆ヘリオドロスの間の第2室にあるボルセーナのミサ(Messa di Bolsena)は、ボヘミアの司祭に起こった奇跡を描いた作品。
  • ◆キリスト教の教義では聖餅(ホスティア)とワインは聖体であり、「聖変化」によってそれぞれキリストの肉と血になるとされている。この絵はその教義に疑念を抱いていた司祭が、ミサの最中に手にした聖餅から血が流れ、その疑念をはらしたという奇跡を描いたもの。キリスト教への教義への疑いという危機に打ち勝つ、教皇庁にふさわしい内容になっている。
  • ◆画面右下のミサを見守る人々の中に、ひとりこちらを見る男性は、ラファエッロの自画像だといわれている。

 ラファエッロの作品・ヴァティカン美術館・ローマ

  • ラファエロの作品
  • 『聖ペテロの開放』(1513-14年)
  • ◆ヘリオドロスの間にある聖ペテロの開放(Liberazione di S.Pietro)は、ラファエッロの自筆によるもので、闇の中に点光源で浮かび上がるドラマティックな光景はバロックの先取りをした作品といわれている。
  • 初代教皇、聖ペテロを牢獄から天使が開放する場面で、画面をゆるやかに分割し、中央では天使が牢獄に現れ、右では天使とペテロが牢獄から外に出るという物語の流れを描いている。
  • ◆闇の中で月明かり、たいまつ、輝く天使の3つの光源が画面をドラマティックに演出し、バロック表現の先駆けとなった。ラファエロが用いた熟練した技量は他に類例をみない素晴らしい作品として定評がある。

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 ラファエッロの作品・パラティーナ美術館・フィレンツェ

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ラファエッロの作品
『大公の聖母』(1505-1506年)
◆ラファエッロは生涯に多くの聖母子像を描いた聖母子の画家といわれている。「大公の聖母」は代表的な作品の一つ。
◆フィレンツェを拠点とした時期に描かれたもので、完全な均衡を保ちながらも生命感と優しさに満ちたこの作品は、幾世紀にもわたり完璧な絵の典型とされたそうだ。漆黒の間に溶け込むように描かれている聖母子。ラファエロは人物と背景の境が曖昧になるように、丹念にぼかして描いている(スフマート技法)。はっきりした輪郭を描かないことで、聖母子の肌に柔らかさとぬくもりを与えている。
◆また暗い背景は聖母子の表現にふさわしくも見えるが、近年行われたX線による調査で、実は制作された当初は建物などの背景が描かれ、後世に塗りつぶされたことが明らかになったそうだ。
◆ブログ『ラファエロ展』見学 国立西洋美術館2013年3月2日〜6月2日開催 こちらをクリック
 ラファエッロの作品・ウフィッツィ美術館版画素描室・フィレンツェ
ラファエッロの作品
『聖母子素描』(1505-1506年)
◆この作品はラファエッロが『大公の聖母』の準備のためにフィレンツェで描いた素描。ペルージャ時代のラファエッロの師匠ペルジーノの洗練優美な聖母の影響とフィレンツェで影響を受けたレオナルド・ダ・ヴィンチのスフマート技法を採用していると言われている。
◆見比べると20代前半のラファエッロが、芸術の都フィレンツェに赴き、レオナルド・ダ・ヴィンチやミケランジェロの画風を学ぶべく、彼らの下絵を熱心に見つめていたというエピソードが納得できる。

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 ラファエッロの作品・ナポリ・カンポディモンテ美術館他

  • ラファエッロの作品
  • 左『父なる神、聖母マリア』(1500-1501年) ナポリ・カンポディモンテ美術館
    右『天使』(1501年) ブレーシャ・トジオマルティネンゴ絵画館
  • この2つの作品は、17歳のラファエッロが当時の師匠とともに描いた祭壇画「トレンティーノの聖ニコラウスの戴冠」の一部で、ラファエッロが描いた部分。この祭壇画がそれぞれ断片の絵として、幾多の変遷を経て、のちにラファエッロが描いた部分だということが判明して、両美術館に収蔵された。

 ラファエッロの作品・プラド美術館・マドリード

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ラファエッロの作品
『聖家族と仔羊』(1507年)
◆『聖家族と仔羊』は、ラファエッロが1504〜1508年にかけてフィレンツェを活動の拠点としていた頃、ダ・ヴィンチの影響を大きく受けた。ダ・ヴィンチの作品「聖母子」を参考にして、ラファエッロはこの『聖家族と仔羊』を描いたそうだ。背後の景色も遠近法を使いダ・ヴィンチの影響を受けていると考えられる。

 ラファエッロの作品・マルケ州国立美術館・ウルビーノ

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ラファエッロの作品
『無口な女-ラ・ムータ』(1505-1507年)
◆「無口な女-ラ・ムータ」もダ・ヴィンチの影響を大きく受け、ラファエッロの以前の作品には見られない顔貌表現や空間表現がされていると言われている。ダ・ヴィンチの「モナ・リザ」のように軽く斜めになった姿勢や両手のポーズなども似ている。

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 ラファエッロの作品・パラティーナ美術館・フィレンツェ

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ラファエッロの作品
『エゼキエルの幻視』(1510年)
◆『エゼキエルの幻視』は、旧約聖書の預言者エゼキエルが見た幻視を描いたラファエッロ作品。両手を広げたユダヤの神エホバの周囲に、翼をもった人間、ライオン、牡牛、鷲が出現する。これらは、のちにイエスの使徒達の姿を象徴したものと言われている。またフィレンツェ時代にミケランジェロから学んだ男性裸体像の動きや表現、姿勢のバリエーションが、この作品には表れている。

 ラファエッロの作品・パラティーナ美術館・フィレンツェ

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ラファエッロの作品
『ベルナルド・ドヴィーツィ(ビッビエーナ)枢機卿の肖像』(1516-1517年)
◆「ベルナルド・ドヴィーツィ枢機卿の肖像」は、ラファエッロのパトロンのひとりだった枢機卿ビッビエーナの肖像画。彼は自分の姪をラファエッロに嫁がせようとするほど、ラファエッロを可愛がっていたそうだ。ラファエッロは婚約はしたものの、結婚することを引き伸ばしているうちに、彼女は亡くなってしまい、ラファエッロは生涯独身を通した。

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